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2012年12月 4日 (火)

【平清盛】第47回視聴率と感想「宿命の敗北」

第47回の視聴率は、前回の10.3%より少し上がって、10.8%でした♪

1180年、源頼朝が打倒平家を掲げて挙兵。

清盛は、すぐに孫の維盛(井之脇海)を総大将、忠清(藤本隆宏)を軍師に任命し、頼朝追討を命じました。

今回は、有名な「富士川の戦い」がありました。

維盛は、忠清の忠告も聞かず、日の悪い日に慌てて出陣したり、戦場で兵糧不足だというのに、士気をあげるため、遊女を連れて来いと命じ、酒宴を開いたり、逆に、士気を下げる事ばかり・・・・

挙句に、水鳥が飛び立つ音を聞いただけで、源氏の大群が来たと怯えて敗走して、情けなかったです(汗)

水鳥が飛び立つ音を聞いただけ慌てふためき敗走という逸話は有名ですが、真偽はいろいろあるようです。

 

この水鳥の羽音に関する各本の異同を一覧にすると以下のようになる。

  • 『源平盛衰記』...日付なし、平家軍は水鳥の羽音に驚き慌てて逃げ去る。
  • 『平家物語』...10月23日、平家軍は水鳥の羽音に驚き慌てて逃げ去る。
  • 『山槐記』...10月19日、平家軍は水鳥の羽音に驚き、自ら陣営に火を放って撤退した。
  • 『吾妻鏡』...10月20日、平家の諸将は包囲されるのを恐れていたところに水鳥の羽音がしたので撤退した。
  • 『玉葉』...10月18日、羽音の記述はない。開戦前に平家側数百騎の兵が源氏に逃亡したため平家は撤退をした。
  • 『吉記』...日付不明、羽音の記述はない。敵の軍勢が多いのをみて撤退した。撤退時に敵からの放火と疑われる火災が起こり、それにより混乱があった。

なお、『玉葉』のみ源氏の総指揮官を武田信義としている。また、『吉記』は開戦前に官軍に対して使者が送られたが使者を送った元が頼朝か武田か不明としている

(以上、Wikiより)

 

敗走後、清盛は維盛を殴って怒りましたが、それだけ。

忠清は、打ち首になり、気の毒です(汗)

死ぬつもりだったので、最期に忠清は清盛に言いたい放題、言いました。

「平家はもはや武門ではござりませぬ。

殿ご自身が、もはや武士ではありませぬ」

と痛烈に清盛を批判。

清盛は怒って、宋剣を手にして、自ら、忠清の首を斬ろうとしました。

でも、抜いた剣は錆びつき、清盛は剣の重さに耐えられず、尻餅をついてしまいました。

一門が絶句して見つめる中、清盛の心の中には父・忠盛(中井貴一)の言葉が蘇りました。

忠盛「己にとって生きるとは何かを見つけたとき、心の軸ができる。

 心の軸が体を支え、心を支えるのだ」

清盛は、今、心の軸を失っていました。

<終>

 

結局、忠清は打ち首に処されるのでしょうか?

悪いのは彼ではなく、総大将の維盛でしょう(汗)

悪口は本当の事なのだから、真摯に受け止めて欲しいものです。

でも、「禿(かむろ)」までいたくらいだから、悪口を聞く耳は持たないのでしょうね(汗)

剣が錆びつき、重さに耐えられず、打ち首すらできない清盛と、孫の失態で、武門ではなくなってしまった平家の象徴がよく表れていたと思います。

 

『平家物語』では、清盛は激怒し、維盛を流罪、忠清を死罪にするよう命じたが、盛国の執り成しで許されたそうです。(Wikiより

忠清、死罪にならないみたいで、良かったです♪(^^)

 

武士の世を作るのは、頼朝ですね(^^;)

二千騎という大軍を率いた上総広常(高杉亘)が来た時、頼朝を侮るような高飛車な態度に、頼朝は去るよう命じ、威厳がありました♪

その毅然とした態度に広常は感服して、頼朝に従いました。

維盛とは逆に、周りの忠告もよく聞きました。

富士川の戦いで勝ったのに乗じて、一気に京に兵を進めようとしましたが、時政たちから鎌倉に戻り、足元を固めることが先決であるとの進言を受け、聞き入れました。

維盛とは大違いでした。

清盛は、維盛ではなく、嫡男の宗盛あたりを派遣してほしいものでしたが・・・

清盛が、戦争も知らない維盛を大将にしたのは、頼朝の軍を舐めていたのでしょうか?

ただ、宗盛も頼りないので、結果は同じだったかもしれませんが(汗)

 

富士川の戦いの前に、頼朝は石橋山で敗戦して逃げました。

頼朝達数人は洞窟に身をひそめ、隠れていると、敵方の武将・梶原景時(浜田学)はあえて頼朝達を見逃してくれ、九死に一生を得ました。

これ、どうして見逃してくれたのでしょうか?

実は、梶原景時は、元は、源氏の家人のようです。

これが、結果として、後に大きく影響しました(^^;)

 

その後、頼朝の元に続々と源氏武士が決起して集まってきました。

義朝が居をかまえた鎌倉を源氏の本拠地とし、頼朝軍は態勢を整えました。

鎌倉に入った頼朝のもとを政子が訪ねてきました。

でも、平家軍が駿河へ入ったという報が届き、政子とろくに話す暇もなく頼朝は出陣を命じました。

富士川を挟んで、頼朝の源氏軍と維盛の平家軍が対峙しました。

甲斐源氏の二千騎と合流し、数を増した源氏軍とは対照的に、平家軍は兵糧不足に悩み、四千騎の大軍が半分に減っていました。

また平家軍に合流するはずの軍勢たちは源氏に阻まれて、なかなか加勢できず・・・

兵糧不足にも悩み、追いつめられた維盛は兵の士気をあげるため、遊女を連れてこいと命じました。

一方、清盛は内裏の速やかな完成を祈願するために、厳島神社を訪れていて、戦の事より、遷都の事で頭が一杯。

福原に内裏をつくり、自分の血を引く帝をたてて政をおこなうことを、友である義朝の子に見せてやると、佐伯景弘(温水洋一)に清盛は語りました。

富士川では遊女と共に酒宴に興じていた平家軍は、水鳥が飛び立つ音を敵襲と間違え慌てふためき、総崩れとなってしまい、敗走しました。

簡単に勝った頼朝は、逆に平家のあまりの弱さに失望。

清盛と対峙すべく京に兵を進めるように命じました。

でも、時政たち重臣から、鎌倉に戻り、足元を固めることが先決であると進言を受け、聞き入れました。

 

頼朝挙兵の知らせは奥州平泉の九郎義経へも届きました。

義経は、藤原秀衡(京本政樹)に願い出て、兵を借りて、弁慶と共に、駆けつけました。

頼朝も九郎義経との再会を喜びました。

今回は再会だけでしたが、今後の義経の活躍も楽しみです♪(^^)

 

次回は、「幻の都」

あと、残り3回です(12/23(日)最終回予定)。

 

【第47回あらすじ】

治承4年、頼朝(岡田将生)が挙兵。清盛(松山ケンイチ)は高倉上皇(千葉雄大)の名の下に追討令を発する。頼朝は石橋山で敗戦するも、各地で次々と反平家の武士たちが立ち上がる。この事態にも清盛は動じず、周囲の反対を押し切って福原への遷都を進める。同じころ、頼朝の元へは上総広常(高杉亘)ら有力な武士が次々に集結。頼朝は、父・義朝の悲願である"本物の武士の世"をつくることを胸に誓う。10月20日、駿河富士川で、平家方の維盛(井之脇海)・忠清(藤本隆宏)軍と、源氏方の武田信義(永沢俊矢)軍が布陣するが、維盛軍は水鳥が飛び立つ音を聞いただけでおびえて敗走する。清盛は激怒するが、忠清はそんな清盛自身がもはや武士ではないと、痛烈な言葉を放つ。

 

【視聴率推移とレビューリンク】 (視聴率は関東地区)

第1回]17.3%  [第2回]17.8%  [第3回]17.2%  [第4回]17.5%

[第5回]16.0%  [第6回]13.3%  [第7回]14.4%  [第8回]15.0%

[第9回]13.4%  [第10回]14.7%  [第11回]13.2% [第12回]12.6%

[第13回]11.3%  [第14回]13.7%  [第15回]12.7%  [第16回]11.3%

[第17回]13.9%  [第18回]13.5%  [第19回]14.7%  [第20回]11.8%

[第21回]10.2%  [第22回]11.0%  [第23回]11.6%  [第24回]12.1%

[第25回]10.1%  [第26回]13.2%  [第27回]11.7%  [第28回]11.2%

第29回]10.7%  [第30回]11.4%  [第31回]7.8%   [第32回]10.7%

[第33回]9.3%   [第34回]11.1%  [第35回]10.5%  [第36回]10.1%

[第37回]10.5%  [第38回]14.3% [第39回]9.7%   [第40回]9.6%

[第41回]7.9%   [第42回]8.9%  [第43回]10.2%  [第44回]10.4%

第45回]7.3%   [第46回]10.3% [第47回]10.8%

32回と38回は、レビューありません。

それ以外は全部、レビューあります。第2~28回までは、第29回から飛んで下さい。

第30~43回は、第44回から飛んで下さい。

 

公式HP(次回あらすじ)

 

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コメント

忠清はよくぞ言ってくれたという感じがしますが、どうもこのドラマ、忠盛パパとか、頼盛もそうでしたが、誰かが清盛に苦言や諫言をする時が一番盛り上がるのですよね。coldsweats02

敗戦の後、梶原景時が洞穴に探索に入ってきた時に、頼朝はもはやこれまでと腰の刀の鯉口を切りますが、あれは名刀・髭切でしょうか?源氏累代のご先祖と亡き父母が頼朝を守ってくれたような気がします。

反対に清盛の抜いた宋剣は錆びついていて。オマケに刀の重さに腰をとられて、ダメだこりゃ。

頼朝と会見した神木くんの義経、今までのどんな義経よりもピュアな美しさがありました。あまりに純粋過ぎて、将来の悲劇をさえ先取りしているような。ストーリーは時々危なくなるのですが、人物デザインは成功していますね。

>レッドバロンさんへ

お返事、遅くなってしまって、すみません。
いつもコメント、ありがとうございます。

>忠清はよくぞ言ってくれたという感じがしますが、どうもこのドラマ、忠盛パパとか、頼盛もそうでしたが、誰かが清盛に苦言や諫言をする時が一番盛り上がるのですよね。

確かに、そうですね(^^;)

>敗戦の後、梶原景時が洞穴に探索に入ってきた時に、頼朝はもはやこれまでと腰の刀の鯉口を切りますが、あれは名刀・髭切でしょうか?源氏累代のご先祖と亡き父母が頼朝を守ってくれたような気がします。

そうですね。
そのシーン、いい脚本でしたね(^^)

>反対に清盛の抜いた宋剣は錆びついていて。オマケに刀の重さに腰をとられて、ダメだこりゃ。


その辺の対比、脚本、よくできていたと思います(^^)

>頼朝と会見した神木くんの義経、今までのどんな義経よりもピュアな美しさがありました。あまりに純粋過ぎて、将来の悲劇をさえ先取りしているような。ストーリーは時々危なくなるのですが、人物デザインは成功していますね。

神木君の義経は本当に純粋そうに見えて、視聴者は先の結末を知っている人が殆どなので、純粋さが却って、悲劇を痛感しましたね♪
頼朝は、最初、ちょっと戸惑いが見えて、その辺の伏線もバッチリだったと思います(^^)

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