無料ブログはココログ

« AKB48選抜総選挙結果、まさかの指原さん逃げ切り1位♪ | トップページ | 【ガリレオ2】第9話視聴率と感想「攪乱す(みだす)」 »

2013年6月 9日 (日)

【八重の桜】第23回視聴率と感想「会津を救え」

「会津を救え」

第23回の視聴率は、前回の13.3%より上がって、15.0%でした。

4週ぶりに、15%台になって良かったです♪(^^)

新政府軍の参謀の世良修蔵(小沢仁志)、嫌な奴でしたね。

こんな奴がよく参謀になれましたね(汗)

折角、奥羽25藩が会津救済の嘆願書を書いてくれたのに、世良によって破棄されてしまいました。

これに怒った仙台藩士らが女と一緒にいた世良を襲い、暗殺してしまいました。

これにより、会津の恭順の道は断たれ、新政府軍と会津・奥羽軍との間で戦いの火ぶたが切られてしまいました。

5月6日、31藩からなる奥羽越列藩同盟が成立。

それは会津救済から発展した軍事同盟でした。

  

白河で戦いがあり、頼母が指揮を取りましたが、負けてしまい、白河小峰城は取られてしまいました。

尚之助が白河から戻ってきた故障した銃を直しましたが、火縄銃とか古い物ばかりでした(汗)

奥羽では、武器が遅れているようです(^^;)

八重にも手伝って欲しいと言いましたが、八重は負傷兵の世話を手伝うよう頼まれていて、そちらにユキと一緒に行きました。

  

日新館?に、負傷兵が沢山いて、古川達が治療していました。

八重もユキもその惨状に、思わず、すくんでしまいました。

八重「これも戦だ。怯んではなんねえ。やんべし!」

ユキ「はい」

2人は古川の指示の元、手伝いました。

  

これがきっと後の日清戦争や日露戦争時の従軍看護婦としての活動に繋がるのでしょう。

日清戦争では、広島の陸軍予備病院で4ヶ月間、看護婦として従軍。

40人の看護婦の取締役として、怪我人の看護だけでなく、看護婦の地位の向上にも努めました。

日露戦争時も2ヶ月間、看護婦として従軍しました。

銃を撃つだけではなく、怪我人の看護も八重の大事な一面ですね♪

それが出てきて、良かったです♪(^^)

  

時尾は、友達の弟(三郎)の死を悼んでお寺にお参りに行き、そこで、新選組の斉藤と出会いました。

彼も冥福を祈りたい人がいるとの事で、一緒に拝みました。

近藤局長の事でしょうか。

新選組も辛い立場ですね(汗)

こんな所で出会うとはびっくりでした♪

斉藤は時尾に惹かれたみたいでしたが、時尾はどうでしょう?֥ϡ

後に結婚するはずですが♪(^^)

  

捕われの身の覚馬は、悪夢を見て、うなされました。

覚馬「どこで間違ったんだ、会津は。

 いや、俺はどこで間違った?」

  

吉田松陰の言葉を思い出す。

吉田「立ち上がれ!

 天朝も幕府も藩もいらん。

 ただ、身一つで立ち上がればよい。立ち上がれ!」

  

覚馬「そうか・・・まだある。

 俺にできる事がまだ1つだけ!」

  

何でしょうね?

また何か意見書を書くのでしょうか?

  

次回は、「二本松少年隊の悲劇」。

二本松少年隊とは、白虎隊とは別物でしょうか?

次回は、切なくなりそうです。。。

  

【第23回あらすじ】 (Yahooテレビより)

1868(慶応4)年、新政府軍が仙台に到着。参謀の世良修蔵(小沢仁志)らは仙台藩に会津討伐の命を下す。一方、八重(綾瀬はるか)は、覚馬(西島秀俊)が死んだと思い詰め落ち込むうら(長谷川京子)を励まそうと、なぎなたの稽古に誘う。八重はうらに、覚馬は生きている、いつかまた会えると信じていると語り掛ける。そのころ、会津城下を仙台藩、米沢藩の重臣がひそかに訪れていた。新政府軍への理不尽さを感じずにはいられない仙台藩は、米沢など奥羽の他藩と結束し、会津救済の嘆願書を提出する。この知らせは会津へも届き、八重たちは安堵(あんど)する。しかし、嘆願はあえなく世良によって破棄され、これに怒った仙台藩士らが世良を暗殺してしまう。これにより、新政府軍と会津・奥羽軍との間で戦いの火ぶたが切られる。

  

【視聴率推移】 (視聴率は関東地区)

第1回]21.4%  [第2回]18.8%  [第3回]18.1%  [第4回]18.2%

第5回]18.1%  [第6回]15.3%  [第7回]17.5%  [第8回]15.6%

第9回]15.1%  [第10回]12.6%  [第11回]14.3% [第12回]13.9%

[第13回]14.3%  [第14回]11.7%  [第15回]14.2% [第16回]13.8%

[第17回]13.7%  [第18回]15.7%  [第19回]15.0% [第20回]13.7%

第21回]14.1%  [第22回]13.3%  [第23回]15.0%

  

公式HP・次回あらすじ

  


【送料無料】2013年NHK大河ドラマ八重の桜完全読本(続)

  

  

にほんブログ村 テレビブログ 大河ドラマ・時代劇へ 

できたら応援クリック、お願いします♪(^^)

« AKB48選抜総選挙結果、まさかの指原さん逃げ切り1位♪ | トップページ | 【ガリレオ2】第9話視聴率と感想「攪乱す(みだす)」 »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

ここ数回、会津藩の面々に「其れは違うだろう?」と突っ込みを入れている自分がいます(苦笑)
会津藩と仙台藩の会合の席で「鳥羽伏見の首謀者3人の首を出して恭順すれば或いは…」という台詞は【禁門の変】直後に長州藩がやった事と同じ。敵と同じ事をやれば説得力があるからこの辺でどう?という恭順案だった訳だけど一丸となって居る会津藩面々にとっては火に油を注ぐ効果しか…其れをやって居たら(泣)
長州って其の当時、物凄い決断をして居たのだなと改めて思います。暗に会津の決断力不足を言っているんですよね…脚本家さん。

【史実】
一般には世良修蔵が強硬な態度を取ったとされているが、実は仙台藩と奥羽鎮撫総督と温度差があった。
世良の批判をしている【仙台戊辰史】はどちらかというと『仙台藩タカ派』の弁租が強い部分もあるが、大槻盤渓と袂を分かった『仙台藩尊攘派』である岡鹿門の記録である【在臆話記】には世良と仙台藩士との間に【温度差】があった事が示唆されている。いわゆる【ボタンの掛け違い】から鎮撫に失敗したものと言える。

会津藩は3月から北関東や北越地域に工作活動を行っているが、悉く新政府に露見している。
これらが岩倉具視の諜報網に引っかかり、恭順に疑いを持つ様になってしまう。
会津藩としては「嘆願書を無視された」と迄述べているが、長州藩は三家老など重幹部を処刑してやっと【無条件降伏宣言】を受諾する準備を進めたが、会津藩は其の動きは一切見られず、後に【奥羽越列藩同盟】結盟の際に『相馬中村藩』から【会津藩の謝罪嘆願の態度】に苦言を呈されている。
会津藩はこの時期【無条件降伏宣言】を受諾する意思があったかといえば「少しでも交渉を有利に進めたい」という下心があったとしか思えない【恭順態度】であった。これが徒となって後に証明(会津戦争)されてしまうが(涙)…。

【参照】
徳川慶喜が寛永寺に移るべく江戸城を出発したのは御前5時頃とされている。
其の前夜、徳川慶喜は臣下に対して軽挙妄動を慎む様【諭達書】を発した。

此度 御追討使御差向可被遊段、被 仰出候哉之趣、遙ニ奉承知、誠以驚入奉恐入候次第ニ候、右ハ全ク、予が一身不束ヨリ生シ候事ニテ天怒ニ觸候段、一言之申上樣無之儀ニ付、何樣之御沙汰有之候共、無遺憾奉命致シ候心得ニテ、別紙之通奏聞差出候、依之、東叡山ニ退キ謹愼罷在、罪ヲ一身ニ引受、只管 朝廷へ御詑申上、億萬之生靈塗炭之苦ヲ免レ候樣致度卜至願此事ニ候、就テハ何レモ予カ意ヲ軆認シ、心得違無之、恭順之道取失ハサル樣可致候。
『復古記』第二冊p335

【大意】
この度(朝廷から)追討使を差し向けられた事を知って誠に驚くと共に恐れ入った。
これは全て予独りが不束(ふつつか)だった為に生じた事で天朝がお怒りになった事については一言も申し上げ様がない。だから、どの様な御沙汰があろうとも残念とは思わずに御命令に従うつもりで、別紙の通り【奏聞状】を(朝廷に)差し出した。
これに依って(江戸城を退去して)東叡山(寛永寺)に退いて謹慎し、罪を一身に引き受け、ひたすら朝廷ヘお詫び申し上げ(戦争を避けて)多くの民衆を苦しめない様にしたい。
其れこそが願いなので誰もが予の意図を体認(頭で理解するのではなく、身体で認識する事)して心得違いなく(朝廷に)恭順する事を忘れない様にせよ。

【解説】
慶喜は臣下に対して自分独りで罪を背負う考えを示し、心得違い(新政府軍に対する抗戦)がない様に誡めている。そして、自分独りで罪を背負う考えは朝廷に差し出した【奏聞状】にも記され、其の代わり【江戸攻撃の中止】を求めた。

【参照】
徳川慶喜の奏聞状と松平容保家老の哀請書

慶応四年二月十九日

この日、松平春嶽は【徳川慶喜討伐の中止】を建議。

其の前日【徳川慶喜の奏聞状】が春嶽の元に届いていた。

慶喜一身ノ不束ヨリ生候儀ニテ 天怒ニ觸候段、一言之可申上樣モ無御座次第

十一日夜に慶喜が臣下に示した【諭達書】と同じ文面で、何ひとつ弁解しない姿勢を示している。

此上如何樣之御沙汰御座候共、聊無遺憾奉畏候所存ニテ、

この部分も諭達書と同じでどの様な御沙汰があろうとも従う事を伝えている。
しかし、討伐については猶予を求めた。

弊邑之儀ハ、四方之士民輻輳之土地ニモ御座候得者、多人數中ニハ、萬一心得違之者無之トモ難申、

江戸は様々な地域から来た多くの人々で混み合う土地柄なので、大勢の中には「心得違い」をする者がいないとは限らないというのである。この「心得違い」とは討伐軍への抵抗を試みる事を指している。

何卒官軍御指向之儀ハ暫時御猶豫被成下

だから討伐軍を差し向けるのは暫く猶予して下さいと懇願している。

臣慶喜之一身ヲ被罰、無罪之生民塗炭ヲ免レ候樣仕度

慶喜独りを罰する事で罪の無い一般庶民が戦争の苦しみから免れる様にしたいからだという。
『復古記』第二冊p421

また【奏聞状の副書】では松平容保をはじめとする旧幕府側の要人達にも言及している。

松平肥後竝要路之役々、同樣奉恐入候ニ付、御處置奉伺候心得ニテ爲愼置申候間、夫々御沙汰被成下候樣奉願候、

其れらの人々も徳川慶喜と同様に恐れ入っており、おとなしく(朝廷の)御処置を伺うという内容。
『復古記』第二冊p422

松平春嶽の手元には徳川慶喜の奏聞状の他、幕臣達が慶喜の為に書いた物と松平容保の老臣達が起案した合わせて【二通の哀請書】が届いていた。会津藩の家老が連署した【哀請書】には文久三年に孝明天皇様が容保に与えた【宸翰(天皇自筆の文書)の写】を添えていた。

堂上以下、暴論を疎(つら)ね、不正の處置、・長に付……
『復古記』第二冊p425

今ではよく知られた文書だが、本来は私信なので詔とは異なって世間に公表されるべきものではない。当時の会津藩としては大事に隠し持っていた切り札だと思っていたかもしれない。宸翰は容保自身に与えられたもので、朝廷に差し出しても立場を良くするものにはなりえない。

封建社会では
【臣子の過ちは君父の罪】だという。
徳川慶喜が臣下の過ちを自分の罪として一身に引き受ける態度を示したのに対して、松平容保が臣下(会津藩士)の罪を自分の過ちとして引き受ける態度を示して居たならよかったが、そうでは無かった所に問題があった様である。


ヤクザやさんが他の組の縄張りで揉め事を起こし、あえて殺傷される役目を「鉄砲玉」と呼びますが、世良修蔵なぞはまさにこの鉄砲玉かと。

(それを理由にして、他の縄張りに侵攻する大義名分作りをする役ですね。)

世良は長州の奇兵隊上がりですが、下級武士でさえなく、農民(一説には漁民)出身です。藩内では殿様どころか、おそらくは家老や上級武士クラスと口を聞いたこともないでしょう。そんな程度の人物が封建的な身分秩序の厳しい仙台藩や米沢藩と交渉した所で、うまく行くはずがありませんわい。

世良のごとき参謀の派遣が上記のような結果を半ば予期していたとすれば、新政府側も人が悪いというか、ヤクザやさんじゃあるまいし、武門の風上にもおけないですよね。西郷さんが「振り上げた拳を、何とかせにゃならん」という既定方針があるとは言え、ぷっぷ、ガラの悪い話ではあります。


日新館で看護する綾瀬八重さんの姿は良かったですね。日頃、スペンサー銃をぶっ放している八重さんの手を、傷病兵は「優しい手だ」と感激して握りなおしておりましたですね。

地味な場面ですが、ショコラさんの仰せの通り、八重の今後の人生の展開に、重要な箇所だったと思います。

>麿呂さんへ

沢山、史実のご説明、ありがとうございます♪

>会津藩はこの時期【無条件降伏宣言】を受諾する意思があったかといえば「少しでも交渉を有利に進めたい」という下心があったとしか思えない【恭順態度】であった。これが徒となって後に証明(会津戦争)されてしまうが(涙)…。

ドラマでは前回、容保が恭順だが攻められたら抗戦と言ったので、最初から、徹底的に恭順するという感じじゃありませんでしたね(^^;)
そういう中途半端な考えだったので、ドラマでも「無条件降伏宣言」はなかったということでしょう(汗)

逆に、新政府軍はレッドバロンさんがご指摘の通りのあんな世良を参謀にしたので、こちらも彼を犠牲にして、戦の理由を作りたかったのかもしれませんね(^^;)


「臣子の過ちは君父の罪」とはびっくりです(汗)
逆に、自分の罪は家臣が代わりにかぶってくれるのが、当時、よくある事かと思いました(よくない君主ですが)(汗)

容保なんて、以前も修理に江戸に逃げてしまった罪をかぶせて切腹させてしまいましたし(汗)
容保の命令ではないとの麿呂さんのご説明でしたが、勝や慶喜が釈放するよう働きかけても釈放しなかったので、容保にも責任があると思います。

とにかく、慶喜の方が状況判断もいいし、容保より立派な君主のようですね(^^;)

宸翰は、その後もずっと容保、肌身離さず、大事に持っていたそうですね♪(^^)

>レッドバロンさんへ

世良修蔵って、そんな人だったんですか(汗)
それではそういう人を参謀にしたという事自体、殺される役割だったと思われても仕方ないですね(^^;)
殺させて、それを攻める理由にするというのは、西郷や岩倉などが考えそうですね(^^;)

>日新館で看護する綾瀬八重さんの姿は良かったですね。日頃、スペンサー銃をぶっ放している八重さんの手を、傷病兵は「優しい手だ」と感激して握りなおしておりましたですね。

傷病兵から見ると、天使の手に見えたでしょうね(^^)

>地味な場面ですが、ショコラさんの仰せの通り、八重の今後の人生の展開に、重要な箇所だったと思います。

そうですよね。
後に、日本のナイチンゲールと呼ばれ、勲章ももらうくらいなので、映像的には地味ですが、重要な従軍看護婦・八重の始まりですね(^^)

別に庇う訳では無いですが、フェアに世良修蔵のフォローです(苦笑)

一般には世良修蔵が強硬な態度を取ったとされているが、実は【仙台藩】と【奥羽鎮撫総督】と【温度差】があった。
世良の批判をしている【仙台戊辰史】はどちらかというと『仙台藩タカ派』の弁租が強い部分もあるが、大槻盤渓と袂を分かった『仙台藩尊攘派』である岡鹿門の記録である【在臆話記】には世良と仙台藩士との間に【温度差】があった事が示唆されている。
いわゆる【ボタンの掛け違い】から鎮撫に失敗したものと言える。

現在の【極悪人説】の実情は【仙台戊辰史】から尾ひれが付いて早乙女貢や中村彰彦や星亮一ら【会津贔屓作家】によって更に拡大誇張されて、今の極悪人物像に仕立てられて行ったらしい…。

> 麿呂さんへ

再度、コメント、ありがとうございます♪(^^)

世良修蔵の極悪人説があるんですか。
それすら知らなくて、もしかしたら、このドラマだけの酷い描き方かもしれないと思ってました(汗)
それでは、このドラマの描き方がまんざら突拍子もなかったわけではないですね(^^;)
いろいろ説がある中でどういう説を取るかは脚本家の自由ですし、真実を描くのがドラマではないので(^^;)
「篤姫」や「江」などに比べると、まだこのドラマの方がマシではないでしょうか?(汗)

世良が実際はどんな人だったかはともかく、結果的にみると、彼の死が新政府軍に会津や奥羽諸国を討つ「名目」を与えたようになりました。
西郷などは、世良を殺してくれてラッキーと思ったかもしれません(^^;)

【臣子の過ちは君父の罪】については其の反対も成り立ちます…表裏一体ですね。

其の時々、状況次第で解釈が違ってくるのでしょう。難しい所ですね。
只、ショコラさんの思いと同様、容保公には何とか神保修理を救って欲しかった(泣)。
あれ程、藩士一同の反対を押しきって迄【京都守護職】を受けたなら、其れこそ身を挺してでも修理を守る可きであった…と。

其れから何故、容保は重要拠点である【白河】の指揮官に経験値の少ない頼母を任命したのでしょうか?山川大蔵の方を据える可きでした。
【奥州の玄関口である白河】を奪われた痛手は大きく、これが【列藩同盟軍の瓦解】への道を早めた事はいうまでもありません。
やはり此処でも容保の指揮に疑問符が付きますが…。

まぁ会津藩には殿様以上に仕切れる様な大人物、つまり鳥羽伏見の開戦前に大坂城で徳川慶喜が筆頭老中板倉に言ったと言われる「我が方に西郷・大久保に匹敵する人物が居るのか?」的な存在が居なかった事に尽きるでしょう。
居たら、会津に入り込んで来た兵達も上手く束ねて抗戦出来たかもしれないですけど…。何か悲しいですね(涙)。


>麿呂さんへ

再度、コメント、ありがとうございます。

ほんと神保修理を救って欲しかったですね。
他に、いいブレインもいない気がしますし(汗)

>其れから何故、容保は重要拠点である【白河】の指揮官に経験値の少ない頼母を任命したのでしょうか?山川大蔵の方を据える可きでした。

ほんと実践経験のない頼母を任命したのも?ですね(^^;)
鳥羽・伏見の戦いの敗戦などの教訓が全然、いかせなかった気がします。

山川大蔵では、まだ若すぎて、一目おかれてなかったのかもしれませんね(^^;)

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/574086/57558578

この記事へのトラックバック一覧です: 【八重の桜】第23回視聴率と感想「会津を救え」:

» 【八重の桜】第23回視聴率と感想「会津を救... [ショコラの日記帳]
第23回の視聴率は6/10(月)追加予定】「会津を救え」新政府軍の参謀の世良修蔵(小沢仁志)、嫌な奴でしたね。こんな奴がよく参謀になれましたね(汗)折角、奥羽25藩が会津救済の嘆... [続きを読む]

» 八重の桜 第23回 会津を救え [レベル999のgoo部屋]
『会津を救え』 内容 慶応四年、会津へと新政府軍が迫っていた。 仙台へと入った新政府軍は、会津討伐を仙台藩に命じる。 そのころ、会津では。 ふさぎ込むうら(長谷川京子)を連れ、薙刀の稽古へと向かう八重(綾瀬はるか) そこに雪子(芦名星)が現れ、竹子(黒木...... [続きを読む]

» 大河ドラマ「八重の桜」信念の人23容保の首の降伏条件に奥羽各藩は新政府軍に同意できず会津救済のために新政府軍と戦う決意を固めた [オールマイティにコメンテート]
大河ドラマ「八重の桜」第23話は奥羽討伐を進める新政府軍は仙台藩に会津討伐を命じる。しかし仙台藩は条件が容保の首という事に難色を示し奥羽諸藩と会合を持つ。そしてそこで ... [続きを読む]

» 『八重の桜』第23回 [悠雅的生活]
会津を救え [続きを読む]

» 八重の桜 第23回「会津を救え」  [昼寝の時間]
公式サイト 1868(慶応4)年3月、会津討伐に乗り出した新政府軍が仙台に到着。 [続きを読む]

» 「八重の桜」 第23回、会津を救え [センゴク雑記]
大河ドラマ「八重の桜」。第23回、会津を救え。 奥羽越列藩同盟の成立~会津戦争へ。 会津(と庄内藩)を救うため、東北の藩が協力します。 [続きを読む]

» 【八重の桜】第23回 「会津を救え」感想 [ドラマ@見取り八段・実0段]
慶応4年(1868)3月、新政府軍が仙台に到着。参謀・世良修蔵(小沢仁志)らは、仙台藩に 会津討伐の命を下す。しかし、理不尽さを感じる仙台藩は、米沢など奥羽の他藩と結束し、 会津救済の嘆願書を提出す...... [続きを読む]

» 大河ドラマ「八重の桜」第23回 [日々“是”精進!]
  第二十三回「会津を救え」1868(慶応4)年3月、会津討伐に乗り出した新政府軍が仙台に到着。参謀の世良修蔵らは同じ奥羽の仙台藩に早く会津を討つよう命を下す。しかし、理不尽さ... [続きを読む]

» 八重の桜 第23回「会津を救え」〜どこで道を間違えたんだろう。俺には何も出来ねえ [平成エンタメ研究所]
 今回の話を見ると戦争がどのようにして起きるかがよくわかる。  緊張関係。  武力で勝る側は戦争で白黒つけたくてがない。  しかし、もう片方は軍事ではない、政治による落としどころを探る。  一触即発。  その導火線に火をつける事件が起きる。  今回の場合は、...... [続きを読む]

» 大河ドラマ「八重の桜」 第23話 あらす... [◆◇黒衣の貴婦人の徒然日記◇◆]
開戦---------!!ついに戦いの火蓋が切られてしまいました。慶応4年(1868)3月、新政府軍が仙台に到着。参謀・世良修蔵(小沢仁志)らは、仙台藩に会津討伐の命を下す。しかし、理不尽... [続きを読む]

» 『八重の桜』第23回「会津を救え」★怖すぎる世良修蔵(小沢仁志)、酒池肉林が命取り!? [世事熟視〜コソダチP]
『八重の桜』第23回「会津を救え」 仙台の奥羽鎮撫使宿舎。 説明しがたいワイルドな髪型でVシネマ顔の奥羽鎮撫参謀・世良修蔵(小沢仁志)がクソ偉そうにしています。 世良(小沢仁志)が酒焼けした声で「奥羽の賊徒は奥羽に討たせる。それが総督のお考えじゃ。」 黒田節で出てきそうな三升の大杯に手ずから酒をじゃぶじゃぶ注ぐと桜の花びらが杯に落ちてきました。 杯に桜の花びらという風流な出来事ですが、ショッカーの大幹部でもチビリそうな悪人顔・世良(小沢仁志)だとゴミが落ちてきたような雰囲気... [続きを読む]

» 八重の桜 第23回「会津を救え」 [みはいる・BのB]
大河ドラマ『八重の桜』のお時間です。 あらすじ・・・・ [続きを読む]

» 大河ドラマ「八重の桜」 #23 会津を救え [雨ニモマケズ 風ニモマケズ]
会津戦争が目の前に迫ってきました。 慶喜の身代わりとなる会津。 その結末がわかっているだけに、とても痛々しいです。 そして、山本家では弔い合戦の様相。 覚馬の叫びが届くことはあるのでしょうか。... [続きを読む]

» NHK大河ドラマ「八重の桜」第23回「会津を救え」 [真田のよもやま話]
我らは忘れじ会津~会津~会津~・・・うううう。いよいよ佳境の山場に差し掛かってまいりました。寄ってたかってスケープゴートにされつつある会津!地獄の死者到来?でもそこに手を差し伸べるご近所様の支援の輪!奥羽団結!みたいな?で、戦闘開始ですかあああ!... [続きを読む]

» 八重の桜 第23話「会津を救え」 〜奥羽越列藩同盟と白河城攻防戦〜 [坂の上のサインボード]
 勝海舟と西郷隆盛の江戸開城談判が行われる少し前、新政府は東北の雄藩である仙台藩主の伊達慶邦に対して、会津藩討伐を命じていました。そして慶応4年(1868年)2月26日には、左大臣・九条通孝が奥羽鎮撫総督に任命されますが、その実験を握っていたのは参謀職を務める長州藩の世良修蔵と薩摩藩の大山格之助でした。彼らは仙台藩に続いて米沢藩上杉家に対しても会津藩討伐を命じます。  実はこれ以前に仙台藩と米沢藩は、会津藩に恭順するよう勧めていました。しかし会津藩は両藩の勧めを容易に受け入れようとはしませんで... [続きを読む]

» 八重の桜 第23回 「会津を救え」 [青いblog]
奥羽越列藩同盟で会津を守れ!な回。 いつの間にか新選組の局長は亡くなっている。 土方 「斉藤、刀の時代は終わったな」 新選組は旧式なものにこだわる人達として描かれている模様。 さあそして...... [続きを読む]

« AKB48選抜総選挙結果、まさかの指原さん逃げ切り1位♪ | トップページ | 【ガリレオ2】第9話視聴率と感想「攪乱す(みだす)」 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31